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お天道様に照らされて

安息の地を求めて

私が最初にカンホアを訪れたのは、1998年の2月。塩とは関係なく、プライベートな休暇だった。ベトナムはずい分前から私の中で「行きたいところ」のひとつとして温められていて、ようやくそのための2週間がとれたときだった。その旅行にあたり、目指したイメージは、「きれいな海があって、素朴な生活が営まれているローカルな村でのんびりすること」だった。

泊まったバンガロー(1998年2月撮影)
すでに建て替えられていて現存しない ローカルなムードの中、海の色は鮮やかだ
(2007年3月撮影)

出発前、日本でガイドブックを見ていたら、その片隅にあった「観光客は少ないが、このあたりにもきれいなビーチがある」という一文が目にとまった。ベトナムへ行ってからあちこち探していたら2週間なんてすぐに過ぎてしまい、「のんびり」どころではなくなってしまう。このときはもう日本から「決め打ち」で行ってみようと思った。

目指すビーチまで50キロほどの町、ニャチャンまで来た。ここで泊まった宿の主人にきくと、そのビーチには泊まれるバンガローがあるらしい。そして主人はすかさず付け加えた。「バンガローったって、ボロだぞー。それにただの田舎だ。何もない。いくらきれいな海だって半日したら飽きるに決まってる」。彼には悪かったが、「何もないのがいいんだ。イメージにピッタリ」と私はひとり静かに喜んだ。

そして翌朝、その宿の従業員のオートバイの後ろに乗せてもらい、そのビーチ、ヨックレットへ向かった。一度の休憩を入れ、2時間ほどでそのバンガローに着いた。目の前には、鮮やかなブルーがまばゆい遠浅の海が広がっていた。かなり沖合へ泳いでいっても、白い砂の底が見える。毎朝、夜明け前から始まる地引き網を見届けた後、少し内陸に入ったところにある市場への散歩が、楽しい日課となった。

お天道様に照らされて出来てくる塩

天日塩田のアゼに山積みにされた一般の天日塩
photo by Takaya FUKUI

その散歩の途中に、村の生活、そして天日塩田があった。村人は気さくだった。毎日同じコースを歩いていたら、3日目には、呼び止められて食事をごちそうになったこともあった。そして塩の収穫風景を眺めたり、塩田に塩が出来てる様子を覗いたりするのは、生まれて初めてのことで、かなり胸踊った。そして何より「塩は海水がお天道様に照らされて出来てくる」という、ここでは当たり前のことが、とても新鮮に映った。つい散歩が長引き、高くなった太陽の下を歩いていても、「これで塩が出来るんだ」と思うと、不思議と一息つけた。

そしてある日、塩田の畦(アゼ)に野積みされた塩の山の大きな結晶を一粒、口に入れてみた。人気のない静けさの中で、太陽だけがギラギラと照りつけていた。口に入れた瞬間、最初「何だこれは?」という「?」な感覚。塩と頭では分かっていたが、何か他のもの(例えば、石のようなもの)を口に入れたような感覚だった。そして、その後じんわりと塩辛いような苦いような、つまりは海のような味がしてきて、やがて身体に溶け込むように染みていった。このとき私は「塩は海水がお天道様に照らされて出来てくる」ということを身体で感じたように思う。

その「おいしさ」は、舌で感じたというより身体が喜ぶような感覚だった。そして、この塩を一握り、日本に持ち帰ったことがキッカケとなり、その3ヶ月後、今度は「ここで塩作りは出来ないものか」と再びこの地を訪れることとなった。