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岩の窪みの塩

昔のフランス式天日塩田

その後、カンホアの塩の商品開発を始めるにあたって、まずはここで行われている製塩方法を見学させてもらった。私が塩田の畦(アゼ)でなめた大粒の結晶塩は、工場に運ばれた後、釜で焚かれていた。大きな塩粒は、釜の中でいったん溶かされ、しばらく焚かれると、再結晶し細かい粒になっていた。粉砕していた。また一度溶かすことで、マグネシウムなどいわゆるニガリ成分を多く落とすことが出来る。こうして釜で焚くことで、大きな粒を細かくすると同時にNaClの純度を上げているのだった。これはここだけでなく、ベトナム全土で行われている天日塩の加工法だった。粉砕はともかくとしても、肝心な味は「身体が喜ぶような感覚」から、普通の塩辛さになっていた。何とかあの「海水がお天道様に照らされて出来てくる塩」のイメージで出来ないものか。

フランス式の天日塩田での収穫風景

ところで、この地方で天日塩作りが始まったのは100年以上も前のこと。その後、フランス領インドシナ時代の1920〜30年頃、フランス人が当時のフランス式の天日製法をここに持ち込み、生産が本格的になった。だからここの塩田の基本構造は、現在のフランス・ブルターニュ地方のものと同じだ。水田のように泥(粘土)が床になっている塩田を、面積を絞りながら徐々に小さな塩田に移していく。そして、最後の一番小さな塩田で塩を収穫する。カンホアの塩の試作もこの方法で始めた。カンホアの天日塩生産者は、「海のようなおいしさ」なら昔の製法そのままがいいと、当時の塩田などを再現してくれた。そんな昔のことがまだ出来るなんてスゴイと思ったが、実際にその塩田を使ってみると、どうしても、泥が塩に混じったり、逆に泥に入り込んでしまう海水の成分があった。試作を中断した。

岩の窪みの塩

しばらくの中断後、再びカンホアを訪れると、彼らはモルタル製の水槽のような塩田を作ってくれていた。泥が塩に混じったり、泥に海水の成分が入り込まなくするためだ。それは事前に何の相談もなかったので、やや当惑した私がその理由をたずねると「お前を驚かせたかったから」とニッコリと答えてくれた。これを機に、カンホアの塩は泥の色がついてなく、味もグッと「海のようなおいしさ」になった。

私はそのモルタル製の塩田を見ながら「海水がお天道様に照らされて出来てくる」を改めてイメージしてみた。そもそも天日塩田は、平らで広い海辺の土地なので、ついつい砂浜のイメージを持っていたが、「海水がお天道様に照らされて出来てくる」その場所は砂浜ではなく岩場(磯)なんだと思った。そしてそのとき抱いたイメージはこんな感じ・・・・

タイル張りされたカンホアの塩専用天日塩田
ちょうど塩が出来始めたところ

『波で打ち上げられた海水が、岩の窪みにたまる。ギラギラの陽差しの下、やがてその窪みに白い塩が現れる』

この後もまだ課題が残った。モルタルの塩田で泥はなくなったが、収穫する際、モルタルにカルシウム分がへばりつき、収穫の作業が大変だった。モルタルにタイルを貼ることにした。熱効率がいいよう、色は黒。これで「岩の窪み」は、タイル張りした天日塩田になった。

そして今度はそこで出来た大粒の塩を細かくしなくてはならない。前述のとおり、ここでの一般的な手法は釜で炊き直すことだが、聞けば「昔は石臼で挽いていた」と言う。それならと石臼を入手し、成分をそのままに単に細かくする石臼挽きになった。モーターのついた石臼や電動のポンプと、やや文明の利器は登場するが、「海水がお天道様に照らされて出来てくる塩」のイメージで、カンホアの塩作りは進んだ。